IPIP-NEO-300
300問・約40分
本格版を受ける結果を読む
手元には三十の数字と五本の帯があります。それが何と比べられているのか、どれに目を向ける価値があるのか、そして一見もっともらしい読み方のどれが誤りなのかを、ここに書きます。
検査はあなたの回答を三十のファセット得点と五つの領域得点に変え、そのそれぞれを同じ性別と年齢帯の人たちと比べます。見えているものはすべてその比較です。量でも、段階でも、診断でもありません。
これが大事なのは、素点そのものには意味がないからです。あるファセットの十項目すべてに4と答えれば五十点満点の四十点になり、高そうに見えますが、多くの人も同じように答えると分かった途端、その点は何も目立たなくなります。
ですからサイト上のどの数字も「人々のなかでの位置」として読み、二つの層は分けて読んでください。領域は輪郭を、ファセットは絵を与えます。
パーセンタイルが答えるのは一つだけです。比較できる百人のうち、何人があなたより低かったか。それだけであり、学校の点数とどれほど違うかは、少し立ち止まる価値があります。
点数はあなたを基準と比べます。百点中八十点なら、問題の五分の四が正解だったということです。パーセンタイルはあなたを行列と比べます。八十パーセンタイルなら、行列の五分の四が後ろにいるということです。落第もなければ、目指すべき上限もありません。
真ん中付近でパーセンタイルが素点より速く動くのも同じ理由です。半数の人が狭い素点の帯に詰まっているので、そこでの二点は十パーセンタイル動かしますが、端での同じ二点はほとんど動かしません。
72パーセンタイルなら、この百人のうち72人があなたより低く、27人が高いということです。主張はそれだけです。その特性を絶対的にどれだけ持っているかは一言も述べていません。絶対の尺度がそもそも存在しないからです。
下位三十パーセントを低い、上位三十パーセントを高い、あいだの四十パーセントを平均的と呼びます。切れ目は取り決めであって自然法則ではありませんが、正直な取り決めです。
中央値で切れば全員が高いか低いかに振り分けられ、何も言えなくなります。どんな集団でも半分は定義上まんなかより上だからです。中央に広い帯を置くほうが本当のことを言います。たいていの特性では、たいていの人は普通で、読む値打ちのある情報は両端だけが運びます。
領域は六つのファセットの合計ですから、真ん中に座る領域には非常に異なる二つの説明があります。六つとも真ん中近くにあって領域が本当に平凡である場合か、端から端まで散らばっていて合計に向かう途中で打ち消し合っている場合かです。
後者はよくあり、面白いのもこちらです。とても几帳面で義務感も強いのに自制が弱い人はいて、その誠実性は何事もなかったように五十に着地します。
実用的な規則はこうです。まず領域を方角として読み、そのままファセットへ降りる。ファセット同士が食い違っていれば、その食い違いこそが発見であり、領域の数字はその平均にすぎません。
サイトが五つの領域ではなく三十のファセットを測るのは、まさにこのためです。五つの数字は要約であり、絵はひとつ下の層から始まります。
このモデルの特性はどれも美徳ではなく取引です。協調性が高ければ協力は楽になり、交渉は難しくなります。神経症傾向が低ければ動じずにいられますが、何かがおかしいと気づくのが最後になりかねません。開放性が高ければ着想は来ますが、注意は散ります。
ですからプロフィールは通知表ではありません。あなたの努力が安く済む場所と高くつく場所の説明であり、同じプロフィールがある場では強みに、別の場では重荷になります。
低い得点の正直な使い道は、それを前提に段取りを組むことだけです。不正直な使い方は、それをあなたの価値の判決とみなすこと、あるいは誰かにそう手渡すことです。
私たちが目にする読み違いは、ほとんどが次の五つのどれかです。
まず、どちらの向きであれ真ん中から最も遠い二つか三つのファセットから始めてください。そこがプロフィールのいちばん自信のある場所であり、説明があなたらしく響く場所です。
気になる領域があれば、そのページを読んでください。どれも、その特性が何であるか、両極が日々どう見えるか、その下の六つのファセットがどう違うかを説明しています。そして自分のファセットを一つずつではなくまとめて読んでほしいなら、それを行うのが結果の拡張部分です。表ではなく互いに比べます。